東京高等裁判所 昭和38年(ツ)135号 判決
一、上告人が第一審において陳述した昭和三十六年十二月五日附第二準備書面第二項によれば、「建物の所有を目的とする土地の賃貸借においては、賃借人が建物を所有することが契約の前提条件であつて、賃借人において建物を所有しない場合には当初から賃貸借契約は成立しないものである。従つて、契約後賃借人が建物の所有権を失つたときは、土地賃貸借契約が終了することを予め合意したものと看做されるから、上告人征矢野が本件土地上の建物を訴外人に売渡したことにより土地賃貸借契約の際予めなされた合意により土地賃貸借契約は終了した」との主張は、必ずしも明確ではないが、これを主張していると認められないではない。原判決が右主張についてなんの判断もなしていないことは所論のとおりであるが、建物の所有を目的として土地の賃貸借契約がなされた場合であつても、賃借人がその地上に建物を所有することが右契約の成立ないし存続の要件と当然になるものではない。従つて、契約後賃借人が建物の所有権を失つたときは、賃貸借契約が終了することを予め合意したものと看倣されなければならない経験則が存するものと認めることはできないから、上告人の主張は採用できない。
二、賃貸借契約が当事者の個人的縁故関係、交際関係、経済関係、感情関係等によつて成立する場合のあることは所論のとおりであるが、右は契約の動機縁由であるにとどまり、賃貸借契約の成立ないし存続の要件となるものではない。民法第六百十二条は、賃貸借契約は対人的信頼関係を基礎とするものであり、目的物を使用収益することは人によつて相違があり、賃料支払の資力についても差異のあることは免れないところであるから、賃借権の譲渡については賃貸人の承諾を必要とし、賃借人が無断で第三者に賃借物を使用収益せしめ、これによつて賃貸人が相当の不利益を被ると認められる場合には、契約を解除することができるものとして賃貸人を保護しているのである。従つて、賃借権の無断譲渡があつても、賃貸人、賃借人間の信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特段の事由のある場合においては賃貸人は賃貸借契約を解除することができないものと解するを相当とする。原判決の判示によれば、原審は下記の事実を認定している。すなわち、被上告人征矢野は昭和十年九月一日本件土地を賃借した際、その附近にある約二十坪の土地二ケ所(当時上告人と訴外小原東一郎との共有)も建物所有の目的で賃借し、同地上に借家を二軒建築所有していた。被上告人征矢野は昭和十八年ごろ右建物を借家人横山他一名に売渡すとともに、その敷地の賃借権を上告人の承諾なしに譲渡したが、昭和十九年ごろ右敷地の単独所有者となつた上告人はこれに対し不承諾の意思表示をしないまゝ横山から右土地の賃料を受領し、右賃借権の譲渡につき黙示の承諾を与えた。右のような経緯があつたので、被上告人征矢野は本件建物を川上に売渡した際、本件土地の賃借権の譲渡につき特に上告人の明示の承諾を受けなくても、その黙示の承諾を得られるものと考え、本件土地の賃借権を川上に無断譲渡したところ、昭和三十二年五月二十五日上告人から川上に対し土地明渡請求の訴が提起され、そのころ始めて上告人から承諾を受けられないことを知つたので、上告人と川上間の右訴訟事件につき進められていた調停が不調となつた後の昭和三十五年六月十四日川上から先に売渡した本件建物を買受けるとともに、本件土地の賃借権を譲り受け、以後本件建物を所有して上告人から契約解除の意思表示を受けた昭和三十七年一月二十五日まで引き続き本件土地を占有していた。川上はその頃すでに本件建物から退去して本件土地を占有していなかつた。原審が上記認定の事実に基き本件土地についてなされた賃借権の無断譲渡は当事者間の信頼関係を著しく破壊するものということができないと判断したのは、特に本件賃貸借が建物の所有を目的とするものであることを考えれば是認し得られないものではないから、原審が上告人のなした賃借権の無断譲渡を理由とする契約解除は、その効力がないと判断したのは正当というべきである。
(村松 江尻 杉山)